2023年秋に25日間、インドのラダック地方を旅した。ラダックはインド北部に位置し、ヒマラヤ山脈やカラコルム山脈に挟まれた山岳地域である。標高も高く、今回旅した場所の標高は3500m~4000mが中心で、最高標高はカルドゥン・ラ(「ラ」は峠の意味)の5359mである。インドはヒンドゥー教徒が約8割の国であるが、ラダックではチベット仏教が信仰され、ゴンパ(仏教寺院)やチョルテン(仏塔)、タルチョ(旗)、マニ車などをよく目にする。かってはジャンムー・カシミール州の一部だったが、2019年にラダック連邦直轄領となった。行程の前半はザンスカールを、後半はラダックの中心地レーの周辺やヌブラ等を訪ねた。

地図提出用(ラダック)【修正版】行程<マナリからザンスカールへ>

ニューデリーからプロペラ機でクルー空港へ、そこからタクシーでマナリに行き一泊する。山岳リゾートの街は観光客で賑わっている。翌朝、ヴァシシトにある温泉2箇所で入浴し、昼前に乗り合いタクシーで次の宿泊地キーロンへと向かう。群青色の空に、美しい山岳風景が続く。マナリは標高2050m、キーロンは3120mなので、ザンスカールへ行く前に高度順応できた。

翌朝、朝6時発のバスに乗り、約1時間でザンスカールへの分岐点ダルチャに着く。ザンスカールへのバス便はないのでヒッチハイクする。ヒッチハイクと言うよりも、相乗りと言った方がいいかもしれない。交通が極端に不便な当地では、相乗りは相互扶助になっている。交通量は少ないが、1時間ほど待ってパドゥムに行くワンボックスに乗車できた。

標高5054mのシンク・ラまで概ね舗装された道路である。この峠の下にはトンネルが建設中で2025年に完成予定とのこと。シンク・ラを越えると、ラダックのザンスかールである。ひどい悪路で、道は細くてヘアピンカーブが連続し、凸凹がひどい。

<プルネとプクタル・ゴンパ>

「ここで降りてくれ。私たちは対岸の道を行くからプルネは通らない。12km歩けばプルネに着く。」運転手から突然宣告される。次の宿泊地、プルネまで行くとの約束だったのに・・・。運転手は地理が不案内でプルネを通ると勘違いしていたようだ。仕方なく車を降りて歩き始める。標高約4000m、薄い酸素、強い直射日光でつらい。ゆっくりと歩く。幸い途中で道路工事のトラックに乗車できて、やっとの思いでプルネに着く。

プルネはインダス川の支川であるツァラプ川とカルギャク川が合流する小さな村で、ゲストハウスは1泊2食付きで1500ルピー(約2700円)。ラダックでは標準的な価格だ。電気は通っていない。

翌日はプルネからプクタル・ゴンパを往復する。往復約4時間。エメラルドグリーンの川の流れが美しい。車道はないので馬が物資を輸送している。車道もない人里離れた山の中に、大きなゴンパが建っていることに驚かされる。

川が合流するプルネ

川が合流するプルネ

プクタク・ゴンパ、車道はないので歩いて行く

プクタク・ゴンパ、車道はないので歩いて行く

<パドゥムとカルシャ・ゴンパ>

ザンスカールの中心地、パドゥム。秘境中の秘境として、私の心の中で長い間、憧れていた街である。しかし、実際に行ってみると、街は道路工事で雑然、朝夕はイスラム寺院からコーランの爆音、商店の売り子はカシミール系ばかり、おまけにホテルのシャワーは壊れていてお湯が出ない。快適ではなかったので、2泊の予定を1泊に変更した。

午前中にカルシャ・ゴンパに行く。ザンスカール最大の寺院で、山の中腹にあるゴンパからはザンスカール川と緑の平原、雪の付いた山々、扇状地の広がりなどのすばらしい展望が得られる。

カルシャ・ゴンパからの眺め

カルシャ・ゴンパからの眺め

ろうそく立てを磨く僧侶(カルシャ・ゴンパ)

ろうそく立てを磨く僧侶(カルシャ・ゴンパ)

<王宮が残るザンラ>

パドゥムからザンラまでは舗装された快適な道路で結ばれている。ザンラでは、この地を支配していたザンラ王の末裔の家に2日間ホームステイした。この王家は平成3年に出版された写真集「天空の王国」(加藤啓・太田亮著:日本放送出版)で紹介されている。ザンラ王女として写真が掲載されている女性は今も健在で私と同じ年。ホームステイを仕切るしっかり者の次男は30歳。夏はザンラで、冬はハンガリーのブダペストで生活しているとのこと。

ザンラ王女(左)

ザンラ王女(左)

「天空の大国」に掲載されたザンラ王(右)と王女

「天空の大国」に掲載されたザンラ王(右)と王女

旧王宮が丘の上にあるので、建物の鍵を借りて見学する。ハンガリー人の探検家で世界初の蔵(チベット)英辞典を世に出したアレクサンダー・チョーマ・ド・ケーレスの部屋がある。1823年に当地を訪れたチョーマは1年数ヶ月間、旧王宮の一室に住んでいた。

ザンラの旧王宮

ザンラの旧王宮

旧王宮から見たザンラの風景

旧王宮から見たザンラの風景

ザンラで出会った子供

ザンラで出会った子供

<ニェレックは収穫の季節>

ザンスカールの道は未舗装道路が多く全般に悪路であるが、特にザンラからニェレックの道はひどい。道が狭くてカーブが多く、運転手がハンドル操作を少しでも誤るとザンスカール川へ転落しそうだ。

ニェレックは麦の収穫で大忙しの季節だった。人力で麦を刈り、ロバや人が担いで運ぶ。小さな村だが活気にあふれている。集められた麦わらが黄金色に輝いていた。麦わらを担いでいた青年にホームステイできる家を紹介してもらった。ジャンムーで文学を学ぶ大学生で、収穫の手伝いに帰郷しているとのこと。歌とギターが上手で、親切に対応してくれた。

収穫期のニェレック

収穫期のニェレック

収穫にはロバが活躍

収穫にはロバが活躍

<最奥の地、リンシェ>

リンシェは数年前まで道路も電気もなく、トレッキングでのみ訪れることができる村だった。今では一部の時間のみながら電気が使えるし、電波塔ができてスマートフォンも使えるようになった。

ザンスカールの典型的な農家で1泊した。水道の蛇口は屋外に1箇所のみで、炊事に必要な水はポリタンクに入れて屋内に運ぶ。シャワーはない。トイレはポットン式で肥料として再使用。リビングには煙突が付いたコンロ兼暖房があり、燃料は乾燥させた牛糞である。別棟の屋根上には、冬に備えて干し藁と燃料用の牛糞が積まれている。

この村にも大きなゴンパがあり、地域住民の信仰心の深さが思われる。褐色の山肌は造山運動で大きく褶曲しており、谷間には広くて美しい緑の畑が広がっている。

ホームステイしたリンシェの農家

ホームステイしたリンシェの農家

家族が集う部屋

家族が集う部屋

<二つの峠を越えてラマユルへ>

通行車両が極端に少ないリンシェであるが、幸いにも20分ほどの待ち時間でラマユルに行く車に乗せてもらえた。車種はイノーヴァ。トヨタのアジア圏向けミニバンで、それまで乗せてもらった車では一番乗り心地がよかった。悪路が続くが、車窓に広がる山並みは見飽きることがない。センゲ・ラ(標高4955m)、シルシル・ラ(4800m)の二つの峠を越えてザンスカールに別れを告げ、ラマユルに着くまで約6時間かかった。

ラマユルにはラダックを代表するゴンパの一つラマユル・ゴンパがある。大きなゴンパで僧侶も多く、チョルテンも立派だ。本堂を少し下るとセンゲカンというラマユル最古の小堂があり、古い仏像は見応えがある。観光地なのでホテルやレストランも多い。5日振りにホットシャワーを浴びてリフレッシュした。

シルシル・ラからセンゲ・ラ方面を望む

シルシル・ラからセンゲ・ラ方面を望む

ラマユル・ゴンパ本堂

ラマユル・ゴンパ本堂

<上ラダック、下ラダックのゴンパ巡り>

ラダックにはゴンパ(チベット仏教寺院)が多数あり、タクシーをチャーターして9月25日は上ラダック(レーよりインダス川上流の地域)のストック、へミス、チェムレ、タクトク、ティクセのゴンパを、26日は下ラダックのアルチ、ツァツァプリ、サスポル石窟、リキル、スピトクのゴンパを訪ねた。ゴンパを訪ねた。タクシー代は25日4000INR、26日4500INR。

上ラダックを代表するゴンパの一つティクセ・ゴンパ

上ラダックを代表するゴンパの一つティクセ・ゴンパ

へミス・ゴンパの絵師

へミス・ゴンパの絵師

タクトク・ゴンパの仏像

タクトク・ゴンパの仏像

<ヌブラ~パンゴン・ツォ 3泊4日の旅>

レーの旅行代理店の紹介で、インド人3人、日本人2人でタクシーをシェアし、ヌブラからパンゴン・ツォへ3泊4日の旅をした。

9月27日、レーからカルドゥン・ラ(5359m)を越えてヌブラへ行く。ヌブラはラダック北部の地域で、パキスタンや中国と国境を接している。デスキット・ゴンパやフンダル砂漠を経てフンダルのゲストハウスに宿泊。

28日、パキスタン国境から約10kmの村トゥルトゥクへ行く。ここは外国人が行くことができる最奥の村である。バルティと呼ばれるムスリムが住んでおり、当地の民俗を紹介する小さな博物館がある。

29日、フンダルからパンゴン・ツォへ。悪路にもかかわらず、インド人観光客の車やバイクが多い。パンゴン・ツォは映画「3Idiots」(邦題:きっとうまくいく)のロケ地で観光客も多い。 湖の半分以上は中国が実効支配している国境地帯である。湖の近くで一泊し、30日、レーへ戻る。

4日間のタクシー代は一人5,700INR(宿泊費、食事代は別)。

カルドゥン・ラ(標高5359m)

カルドゥン・ラ(標高5359m)

トゥルトゥクの子供達

トゥルトゥクの子供達

一緒に旅したメンバー(インド人3人、日本人2人)

一緒に旅したメンバー(インド人3人、日本人2人)

パンゴン・ツォ、湖の奥は中国が実効支配している

パンゴン・ツォ、湖の奥は中国が実効支配している

<ストック・ラ登山>

レーからほど近いストック・ラ(標高4846m)へ登山に行った。登山口は約10戸の小さな村ルンバク。近年車道が開通し、悪路ではあるがレーからタクシーで行くことができる。ルンバクの標高は4000m近いので、高山病にならないよう、ゆっくりと歩き始める。トレースは概ねはっきりしている。樹木のない雄大な岩山を見ながら、約4時間かけて山頂に着く。天気が良く、素晴らしい眺望が広がっている。眼下にはルンバクの村も見える。ゆっくりと風景を楽しんで、下山開始。途中には放牧の宿泊で使うと思われる立派な石室がある。ヤギの仲間のブルーシープの群れとも出会った。かなり下ると沢沿いの登山道となるが、今年の大洪水で数箇所、ルートが不明瞭になっており苦労する。山頂から約4時間30分でストックの村に下山し、タクシーでレーに戻った。

時間:レー(タクシー50分、2300IND)8:30ルムバク~12:30ストック・ラ13:00~17:30ストック(タクシー30分、1300IND)~レー

登山口のルンバク

登山口のルンバク

登山道に置かれた角

登山道に置かれた角

ストック・ラ付近からの眺め(右下にルンバク)

ストック・ラ付近からの眺め(右下にルンバク)

ストック・ラ

ストック・ラ

下山途中に出会ったブルーシープの群れ

下山途中に出会ったブルーシープの群れ

<レー>

レーはラダックの中心地。メイン・バザールは観光客で賑わっており、路上では地元の女性が野菜や編み物を売っている。ホテルやレストラン、旅行代理店も多い。商店を経営しているのはムスリムが大多数のようで、仏画や仏像を売る店までも店員はムスリムだった。レンタルバイク店が多数あり、インド製の中~大型バイクでツーリングする人も多い。

レーでは久しぶりに温水シャワーのあるホテルでゆっくりと休養し、王宮や旧市街の街歩きを楽しんだ。

レーの風景、右奥のピークはストック・カンリ(6153m)

レーの風景、右奥のピークはストック・カンリ(6153m)

レー王宮

レー王宮

レーのメインバザール

レーのメインバザール

曼荼羅(仏画)を売るムスリムの店員

曼荼羅(仏画)を売るムスリムの店員

<参考>

●情報収集(ガイドブック)

①インターネット   英語で地名等を検索すると多数の情報が得られる。

②LONLY PLANET 定番ガイドブック。英語版しかない。

③旅行人ウルトラガイドラダック(2001年)  古いのでホテル等の情報は使えないが、ゴンパの説明や図面は非常に詳細で、今でも充分役に立つ。

④ラダック遊歩大全(雷鳥社) 帰国後に出版された最新のガイドブック。ダ ルチャからラマユルへの新しい道路も掲載されている。

●現地インターネット状況

国境紛争のあるラダックでは、スマホからインターネットにアクセスするにはラダック専用のSIMカードが必要。パドゥムのSIMカード販売店では外国人には販売できないといわれたが、レーでは問題なく購入できた。

●ザンスカールのニェレックのような小さな村にも電波塔があり、スマホからインターネットにアクセスできるのは驚きである。

●費用

・現地費用(宿泊、食費、交通費、入場料等) 約15万円

・航空券(コロナ禍前と比べると航空運賃が高騰している)

福岡⇔ニューデリー(往復)約94,000円

ニューデリー→クルー   約12,000円

レー→ニューデリー    約29,000円

・ゲストハウスは一泊二食で1500INR前後

・タクシー組合が行先別のタクシー料金一覧表を作成している

(以上)

この記事を書いた人

福岡山の会 会員